* - Story - *



それはそれは、
静かに雪が降る日のことでした。


「いい?ちゃんといい子にお留守番できる?」

「うんっ」

「パパ、心配だよ。何も誕生日に一人にしなくたって」

「仕方ないわよ、領主様がせっかくパーティの職人として招待してくださったんだから」

「だけど」

「大丈夫だよ、パパ。ミルフェちゃーんと、いいこにできるから。それに」

「わんっ」

「プディも一緒だから、さびしくないよ」

「そうかい?」

「うんっ」

「食事は、パンと苺のジュースとチーズがあるから、ちゃんと食べてね。
 それから、外には一人で出ないこと。雪の日は危ないから、特に夜は・・・」

「うんっ」

「それじゃ、いってくるね」

「うんっいってらっしゃいっ」


・・・それが、ミルフェが両親の姿を見た、
最後の姿となりました。

ミルフェは、一人でパパとママに言われたとおり、
いいこに言いつけを守り、家の中でプディと遊んでいました。

そして、そのうち日も暮れ、

空は暗闇に包まれ、
どの家の中もランプの明かりがつきました。
ミルフェも、ママに教わったとおり、ランプをつけます。

外では、しんしんと、雪が降り始めました。

窓の外を見たからか、
ミルフェは、だんだんと両親の事を考えて心細くなってきました。

「・・・パパとママ、おそいね」

ソファに座りながらプディに話しかけます。

「わん」

プディもどこかさびしそうな顔をしています。

遠くから、馬の音が聞こえてきました。

「!・・・帰ってきたのかなっ?」

ミルフェが出迎えたのは、

使いの執事でした。

「・・・パパ?」


「洋菓子店ラ・フィルレの娘さんはあなたですね?実は、あなたの両親は」

それは、両親との別れを告げる、

辛い辛い知らせでした。

「あなたのご両親は、今朝方、馬車に巻き込まれて・・・亡くなりました」

ミルフェには、まだ亡くなった、という
意味が理解できませんでした。

それから、死ぬという事、両親はもう居ないという事を
執事から教わりました。

「もう二度と、会えないのです」

よくわからず、涙が出てきました。
執事が止めるのも振り切って、雪の町へ飛び出しました。

二人の帰りを待つ為に、馬車の乗り場までかけてゆきます。

きっと明日になれば、二人とも戻ってくる。

そんな祈りを込めて。

けれども、

いくら待っても、

二人は現れませんでした。

いつの間にか、
うとうととミルフェは、夢の世界へ引き込まれます。

夢の中では、
両親が、笑顔で暖かい食事で迎えてくれました。

(なんだ、きっと、怖い夢を見てたんだ。)

ミルフェは思いました。

けれど、
鳥のさえずりとともに、雪の冷たさとともに、
ミルフェは現実の世界へと引き戻されました。

辺りは明るくなり、一面真っ白な雪です。
寒さからか、丸くなっていて、上には雪が積っていました。


現れたのは、別れを告げた執事でした。


「まだ待っていたなんて、このままではあなたが凍えてしまいますよ」

執事は、ミルフェの雪を手で払い、
小さな小さな手を引いて、家へと向かいました。

「必要なものをまとめておきなさい、
ここは貸家だから、いずれ、立ち退きの勧告がくるから」

だから、出て行かなければならない。

執事は、そう続けて言いました。

「出て行く?」

「そうです。あなたは孤児となってしまったから、
 誰か引き取ってくれる人でもいれば・・・」

誰か、身近な人が。

ミルフェはママから言われた言葉を思い出しました。

『パパにはお父さんが居てね』

『お父さん?』

『ミルフェのおじいちゃんよ』

『おじいちゃん?』

『ミルフェは、まだ会った事ないものね・・会わせれたらいいんだけど』

きっと、おじいちゃんという人なら、力になってくれる。

そんな気がして、ミルフェは執事に言いました。

自分にはおじいちゃんがいる、と。


そして、執事の助力もあり、
ミルフェは祖父の家へ辿り着きました。



街からずっと離れた場所に、
祖父の家はありました。

執事に連れられて出会った二人は、
赤の他人も同然でした。

ミルフェは知りませんでした。
両親が駆け落ち同然で家を飛び出していたことを。



祖父はいぶかしげな顔で、
追い出してしまおうと考えるのです。

ところが。

ふとした事がきっかけでした。
ミルフェが唯一できる、パパに教わったもの。

プリン作り。

祖父は、ミルフェのその姿を見て、
幼い頃のパパの姿を思い出していました。

菓子職人である祖父が、
幼い頃のパパに教えていた頃を。


そのことがきっかけで、
ミルフェは祖父と共に仲良く暮らすようになります。

お菓子の作り方を教えてもらったり、
お店を手伝ったり、
ピクニックにいったり。

毎日が楽しく、とても、幸せな日々でした。


それから、
8年が経ちました。


ミルフェは今年で14になりました。

今年も、あの時と同じ、冬がやってきました。

外は銀世界に染まり、
遠くでは町の明かりが見えます。


祖父は、ベッドの中から外の雪を眺めています。

すっかり足腰も弱くなり、

たまに、咳をしながら。


数日前のことでした。

お医者さんがいつものように祖父の診察にきました。

『後、もって、数日かもしれません』

祖父は、大きな大きな、
お医者さんにも、大変治療のむずかしい病気にかかっていました。

ミルフェが来るよりも前からわずらっていた、
それはたいへんな病気でした。

けれども、ミルフェの前では明るく振舞っていました。

祖父も、楽しくて楽しくて仕方なかったのです。

そして、病気のことなどすっかり忘れていました。

数ヶ月前に、倒れるまでは。

ずっとこの時間を過ごせたら、と、思っていました。

でも、楽しい時が過ぎるのはとても早くて。

・・・気づいたら、
ベッドの上から起き上がれなくなってしまいました。

「ミルフェ 頼みがある」

か細い、力のない声で祖父はミルフェを呼びました。

「ワシはもう、長く生きられそうにない。

 もし、ワシが死んだら、お前に店を継いでほしい」

ミルフェは、涙をためながらも、

笑顔で手をつなぎ返しました。

「頼んだぞ」

それから数日後、

ミルフェの祖父は亡くなりました。

葬式は大変小さなもので、

丘の花畑の傍にお墓を建てました。

さびしくないように、日が当たる場所に。


ですが、

祖父の店を継ぐという遺言は、
叶いませんでした。

その後すぐに、祖父の家は、
火事で焼け焦げてしまいました。

焼けてしまった後には、
何も残りませんでした。

いっしょに作っていた調理場。

お客さんとやり取りした売り場。

祖父とプディと過ごした、家の中。

何もかもが、無くなってしまいました。


ミルフェは途方にくれました。


そんな時、ふと、

両親と過ごした町のことを思い出しました。

もしかしたら、街中なら、
何かできる事があるかもしれない。

ミルフェはプディをつれて、
町へ向かいました。

あの懐かしくて、悲しい町へ。

そこは、
あの頃よりもずっと華やかで、
何もかもが輝いて見えました。


ただ一つ、

両親と過ごした家が、空き地になっている事を除いては。

ミルフェは考えました。

自分に、何か出来る事は、

パパや祖父に教えてもらった、

≪お菓子を作ること≫。

けれど、肝心のお店がないのです。

街中には沢山、洋菓子店が出来ていました。

もしかしたら、と思い、あちらこちらへ顔を覗かせます。

「駄目だ。ガキは帰れ」

「パティシエをしたいですって?冗談」

「手伝いは間に合ってるから、ほら、さっさと他所行きな」

ミルフェを雇ってくれるお店は、一つもありませんでした。

「困ったね、プディ」

「わん」

馬車乗り場近くの石に腰をかけ、
ため息を着きます。

「どうかしましたか?」

聞き覚えがある声に顔をあげると、

それは、あの時の執事でした。

「執事さん?」

「・・・あなたは、もしや」

8年ぶりの再会でした。

ミルフェは大きく成長しましたが、
執事はさほど変わっておらず、
あの頃の姿、そのままでした。

ミルフェは、祖父がなくなったこと、
店を継ぐという遺言をもらったこと、
その店が焼けてなくなってしまったこと、

全てを話しました。

「そうでしたか・・・それでしたら、旦那様にかけあってみましょう」

ミルフェは執事の言葉にきょとんとしてしまいました。

「領主様ですよ。 旦那様は、あれから、

あなたの両親が、自分が招いたパーティに来る途中で亡くなってしまった事、

あなたが町を出なくてはいけなくなり、洋菓子店ラ・フィルレが無くなってしまった事。

大変心苦しく思われております。

自分が呼ばなければ、お亡くなりになる事はなかったのではないか、と」


領主様であれば、何か力になってくれるかもしれない、

執事はそう言葉を続けました。

それはミルフェにとっては、

思いがけないことでもありました。

「それだけではありません。

今、この町に元々あった由緒正しい洋菓子店は、一つもないのです。

いつの間にか、菓子の町として賑わうようになり、

あちこちから人がやってきて、店が増えた。

領主様は、あの味を懐かしんでおります」

―どうか、ラ・フィルレの再建を―



執事の言葉は深く、
 
ミルフェの心に響きました。
 
 
 

「プディ、わたしたち、また、お店ができるのかも」

「わんっ」

ミルフェの心に希望がともりました。


・・・その日の雪は、

しんしんと静かに、だけど、

ほんの少し、

日差しの暖かさを運んでくれるようでした。



プロローグ「暖かな雪」 end




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